興銀で15年半、エゴンゼンダーで15年半、計31年間働いてみて、今度はビジネスではないことをしたいなと思うようになったんですよね。もっと世の中に広く貢献できる仕事がしたい。そんな中、HBSの同窓会の役員で、日本リサーチ・サセンター長の前任者でもある江川雅子さんが東京大学の理事に就任することになったため、センター長の座が空くことになったという話を聞いて。実際に江川さんにこの仕事がどんなものなのかお話をうかがって、興味を持ったわけなんです。それで「この職に就くにはどうすればいいですか?」と聞いたら、「レジュメを作ってください」と言われて。僕は初めて自分のレジュメを作りましたよ(笑)。それから日本とボストンの本部で面接を受けて、採用されることになったというわけです。
僕が一番恐れているのは、このままの日本の経済の状況が続いた場合、10年後に日本のリサーチ・センターはいらなくなるんじゃないかといこと。そうならないためには、日本の企業が国際競争力を高めてグローバルに展開していく必要があると思う。あるいはグローバルじゃなくても、国内でどんどん新しいことに挑戦して、HBSの先生から見ても面白いというようなことをやっていかないといけないと思います。
そして日本の企業が国際競争力を高める上で、我々が何ができるかと思うと、HBSの企業幹部向けのエグゼクティブ・エデュケーションのプログラムをもっとプロモートして、人材をグローバル化していくことがある。要するに、外で何が起きているのかというのを、日本の経営者の幹部の方にもっと知っていただかないといけないんです。日本は人だけでなく、企業自体も内向きになっていますからね。グローバルに何が起きているかを認識していない会社も多いと思いますよ。経営者にはパースペクティブや視点が必要です。世の中で起きている事象の重要性に気づくか、気づかないか。そしてそれを積極的に見ようとする姿勢。これらが経営には欠かせません。ところが今の日本の経営者というのは、昔に比べて外から学ぶということをしなくなっているんですね。
ひとつはグローバルな視野を持っている人材ですね。それから多様性を認めて行く姿勢を持っている人材です。僕は、これまでの日本の企業の強みは「同質性」だったと思います。会社には日本人だけしかいないという同質性、それから入社から定年退職までずっと同じ会社で働くと言う意味での同質性。それから役員レベルで言うと、社外取締役がいないという同質性。これらの同質性は、高度経済成長時代は非常にうまく機能したんですよ。と言うのも、やるべきことが明確だったからです。追いつけ、追い越せという時代で、何をしたらいいかが明確。組織としてひとつのベクトルに持って行くことが、簡単にできたんです。
でも今は、追いついてしまった時代。それから経済もグローバル化して、もう日本だけを見ているのではダメな時代です。そういう時代においては、今度は物事の考え方に多様性を持たせなくてはいけないと思います。それには人材の多様性が必要です。日本人以外の人、あるいは違う分野・会社の人間をどんどん採用して、違った血をいれる。違った発想を入れる。あるいは社外取締役を増やして、違う業界の人の考えを聞く。こういうことをしていく必要がある。
それから女性の活用もそう。本当に日本は、いろんな場面でダイバシティー・マネージメントができていない国ですね。女性を登用している企業の多くが、体面的な理由で「女性をいれなきゃいけない」という考えから、お飾り的に女性を登用しています。登用する本当のメリットを評価していないんです。それで何が起きたかと言えば、結局うまく活用できなくて挫折してしまうだけ。でも海外の会社は違います。彼らは女性を登用することにメリットを感じているからやっている。会社の利益に沿うから、女性を登用するんです。そもそもの出発点が違うんですよね。
言葉について言えば、僕は英語ができないことはハンディになりつつある世の中だと思います。英語ができないから活躍できない日本人というのはいっぱいいますよね。その一方で、中国、韓国の人達は英語力をものすごく付けている。日本人の競争力が、英語ができないせいでどんどん落ちている部分は少なからずあると思います。これは個人レベルで考えた時は、自分で活躍する場を狭めていると言うこと。しいては、集合体である組織の競争力も落ちていることですよね。ですから、これからの人材に英語はマスト。こういう認識を持ってほしい。
昔だったらいい大学を出て、いい企業に入っていれば、いい人生がおくれました。でも今は全然それができない時代。親に言われていい大学に入って、いい企業に入れば、それでハッピーになれるかと言われても、不確実性が高い。要は自己責任なんですよ。自分の頭で考えないといけない時代なんです。日本人は残念ながら、暗記型の教育ばかりで自分の頭で考えるという教育をされてこなかったから、この部分は非常に劣っている。でも今は自分で考えて、自分の意見を述べて、自分なりに取捨選択していかないといけない。そういう能力が、これからの日本では問われてくると思います。政府がすべて面倒見れるような時代でもない上にグローバルな競争はどんどん高まっています。これからの若い人は、僕たちよりももっと大変な時代を生きて行くことになる。それは絶対の事実です。
まず単に語学を習得するために海外に行くのはダメですね。語学はできるだけ日本で身に付けてから行く。そして海外では、コンテンツを身に付けてくる。語学というコミュニケーションの手段を身に付けるためだけに行くのは良くないと思います。結局、語学はコミュニケーションの手段ですから、コンテンツがあってはじめて成り立つもの。コンテンツがなかったら、手段を身に付けてもしょうがないですよ。
日本でも語学の勉強はできる部分はあります。そこはできるだけやって、それ以上はできないというところを海外でブラッシュアップするというのが正しい方法。何もできない人がフラっと海外に行ったって、遊んでしまうだけ。それは完全な逃避ですね。海外で勉強するというのは、チャレンジなんです。日本での勉強よりもハードルは高い。ハードルの低い日本で成功しない人が、よりハードルの高いところで成功できるわけがない。だから日本でできるだけのことをやって、さらにチャレンジするという意識で行かないと向こうでは簡単に挫折してしまいます。ただ、日本は異質なものを認めない社会ですから、異質な才能を持った人が日本では生きにくいということもあると思います。そういう人が海外に行くのは、別に僕はいいと思う。要は中身があるかどうかですね。
2年生が7人で、1年生が12人。そして1年生12人のうち大企業の人間は、2人だけです。最近は、本当に日本の企業派遣は減りましたよ。原因のひとつは、コスト削減。それから最近の若い方はMBAを取ると会社を辞めてしまいますから、企業が派遣したくなくなるのでしょう。ではなぜMBAを取ると会社を辞めてしまうかと言えば、それは企業がMBAを評価しないからです。MBA留学をする人は若い年代ですから、社内でのヒエラルキーは低い。せっかくMBAを取って帰ってきても、力を発揮するような仕事は与えられず、結局辞めてしまうんです。これは企業のほうも良くないですよね。
だから僕が今やろうとしているのは、HBSのシニア向けのプログラム、エグゼクティブ・エデュケーションに日本企業の人を送ること。日本企業のシニアの人達は、それなりのポジションにいるわけですから、彼らは学んだことをじゅうぶんに活かせます。それに短期のプログラムでも海外に行った人が企業に増えればビジネススクールの事を理解して、今度はMBAに行った人に対しても正当な評価ができると思う。それによって、もっとMBAが評価される環境が日本にもできていけばいいですよね。
インタビュアー:株式会社エストレリータ代表取締役社長:鈴木信之
ライター:室井瞳子
PHOTO:堀 修平