内田
高橋
俺、「明日死ぬと思って生きる」みたいな考えにピンと来ないんだよね。明日いつ死んでもいいように生きるなんてできるわけねぇじゃん。だっていろんなこと計画してやってきているわけだしさ、明日死んでもいいわけないっていつも思っているんだ。だから俺の中では「人生80年」ね。本当に80年生きられるかどうかはわかんないさ。でも俺は人生は80年の物語として見ていて、その中で春夏秋冬があると思っている。だって明日死んでもいいように生きようって思ったら、毎日がよくわかんない日になる気がするんだよ。
それぞれ何年設定にするかはみんな好きにすればいいし、その通りになるかどうかはわかんないよ。でも俺は人生は80年の物語、ひとつの映画みたいな感じだと思っている。いろいろ不調なことがあってもさ、それはハリウッド映画見てもわかるべ? やばいことが起きないとつまんないんだよ。会社をやっていて、「最近やばいですね」という場合になったとしても、「それは起承転結の転だから、そりゃやばいさ。そうしなきゃ面白くなんないだろ」。そうやって物語的にとらえるわけ。そうするとなんか面白く思える。明日死ぬかも、とか考えると、なんだか物語性が消えちゃうんだよね。
結果的に見れば、100歳で死んだ人も3歳で死んだ人も、みんなの人生に春夏秋冬だったり、起承転結があると思う。だから俺も死ぬときにもし振り返る時間があれば、あのころが春、夏って思うだろうな。何歳で死んでもそうだと思う。
ただ常にそのときやりたいことをやっていて、人生設計みたいなものはないけどね。60歳になったら、70歳になったら、というのはない。だって、遠い目的を決めると、俺それしか見えなくなるもん。人間ってそういうものでしょ。奥さんが妊娠したら、世の中に妊婦が増える。家族ができれば、世の中に家族が見える。いないときは見えていないんだよね。意識のもっと前の話だよ。目に見えてないんだよ。だから目的を決める怖さはある。もちろん近場になったら決めるよ? この店がいいとか、そういうのは細かく計画を立てるよ。ただ人生設計みたいな目的を持っちゃうと、それ以外が見えなくなるのが苦手なんだ。もちろん明確な目標がある人は、それでいいさ。でも俺はそうじゃない。そうじゃないのが楽しいんだ。
内田
高橋さんの著書は前から大好きで、今日もお会いできるのを楽しみにしていたんです。でも会ってみて、想像以上にカッコ良くて、想像以上に自由な人でした。自分がやりたいから、本を出しちゃおう。誰かのためにじゃなくて、自分がやりたいことをやろう……。一言一言が熱くて、人生をエンジョイしている人だと思いました。私自身、ずっと海外に行くことも迷っていたのですが、今日お話しを聞いてみて、今やりたいことを今やるのが一番いいんだと再確認しました。私は今、やりたいことがたくさんあります。パイロットの免許もとりたいし、海外も行きたいし、英語も勉強したいし、外国の人とバスでいろいろ行ってみたい。そのときやりたいものを全部やるのがいいんだと、背中を押された気がします。