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先輩メッセージ / Message14:指揮者 西本智実氏

世界でも数少ない女性指揮者である西本智実氏。西本氏は26歳でロシアに渡り、名門オーケストラや劇場の首席指揮者を歴任。その華麗な指揮棒さばきと的確な音楽性で、国内外から高い評価を受けています。世界を股にかけて活躍する西本氏に、指揮者という仕事について、また音楽留学の意義についてお話を伺いました。

PROFILE

西本智実(にしもと ともみ)

1970年、大阪府生まれ。大阪音楽大学作曲学科作曲専攻卒業後、1996年にロシア国立サンクトペテルブルク音楽院オペラ・シンフォニー指揮科に留学。文化庁芸術インターンシップ奨学金生、「出光音楽賞」など受賞多数。2002年、チャイコフスキー記念財団・ロシア交響楽団の芸術監督兼任首席指揮者に就任(~2007年)。2004年にはムソルグスキー=ミハイロフスキー記念サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラバレエ劇場の首席客演指揮者に就任(~2006年)。2010年9月より、ロシア国立交響楽団首席客演指揮者に就任することが決定。

コンサートのために世界中を飛び回っている西本智実氏。今回は、コンサートのリハーサルと本番との忙しい間を縫って取材を受けてくださいました!

まず西本さんが音楽を志したきっかけを教えてください。

母がピアノ教師をしていたので、小さい頃から暮らしの中にクラシック音楽があふれていたんです。テレビを付ければヒット曲が流れているような感覚で、私の家にはクラッシック音楽がありました。今でこそ未就学児お断りのクラシックコンサートが多いですが、私が幼い頃はそういう年齢制限を設けているコンサートはあまりなくて。私も3歳、4歳のころから、クラシックコンサートやオペラ、バレエなどによく連れて行ってもらっていたんです。そこで音楽に感動したというのがそもそものきっかけですね。

演奏家ではなく、指揮者を志したのはなぜですか?

最初はピアノから始めたんですよ。でもピアノを弾いていても、この音は木管楽器のような響きだな、とか、ここは弦楽器のような響きだなって、思うようなことがあって。ピアノはメロディもリズムも和声もひとつの楽器で担当しますが、それをたくさんの楽器で分けて曲を組み立てるのがオーケストラなわけですよね。そういうことを突き詰めて行くうちに、オーケストラの作品にも興味を抱くようになったんです。

それで家に指揮者用の楽譜があったので、ちょっと見てみたら、もうびっくり。ピアノの楽譜って普通2段で書かれていますけど、オーケストラ用の楽譜は楽器ごとに書かれているので、何十段にも分かれているんですよ。しかも記譜法が違う移調楽器という楽器もあって、見ただけでは解読できないんです。そしてそんな訳のわからない楽譜を使っているのに、実演ではまったくそれを感じさせないわけです。……一体、指揮者というのは何をやっている人たちなんだろう、そしてこんな楽譜を書ける作曲家は何て素晴らしいんだろう。そう思ったんです。

それで大学は作曲科に?

そもそも大阪音大には指揮科はなかったので、必然的に作曲科に進むことになったというのもありますが。どちらにせよ作曲の勉強は、指揮者にとって通らなくてはいけない道ですね。楽譜が書けるのであれば、必然的に読み解くこともできますから。

指揮者のどこに一番魅力を感じたのですか?

指揮者には主に二つの大きな仕事があります。ひとつは曲を組み立てる作業。作曲が建築家だとしたら、指揮者はその設計図を読み解いて、再構築する作業をしなくてはいけません。それからもう一つは、現場監督のような仕事。何十人もの演奏者、オペラだったら何百人という演奏者や歌手たちを動かして、実際に作品を作っていくという仕事があります。この二つは種類としては、まったく違う仕事です。前者は家でこもって行う研究のような作業。そして後者は人とのコミュニケーションが中心となる作業です。そういうことを知っていくと、本当に指揮者はすごい仕事。なれるかどうかはわからないけど、探求してみたいし、志す価値があると思えました。

大学時代から、オペラの裏方として現場で働いていたそうですね。それもやはり現場を知っておこうという考えからですか?

そうですね。現場というのは、何が起こるかまったくわからないところ。場所によっても、演者によっても、何一つとして同じ現場はありません。そして、そういうことは教科書では学べません。だから大学時代は作曲と指揮の研究をしながら、ほとんど毎日、相当な数の現場を経験しましたよ。

現場でどんな仕事をされていたのですか?

オペラなどで、指揮者のアシスタント的な役割をする副指揮者をやっていました。ただのコンサートなら副指揮者はほとんど必要ないのですが、オペラは練習期間がとても長いため、副指揮者が必要なんですよ。私は大学入学直後から、現場で副指揮者の仕事をさせていただいていました。

裏方で経験したことは、今現在、生きていますか?

生きていますね。ロシアでは、指揮の依頼が急に来たんですよ。たとえば私が初めてサンクトペテルベルク国立アカデミックオペラバレエ劇場で『椿姫』の指揮をしたときも、「何月に『椿姫』の公演の指揮を振ってください」と突然言われたんです。「振れません」と言った時点でチャンスは終わり。「振ります」。こう答えるしかありません。でも、私はアシスタントで『椿姫』を振ったことがあったし、まったく経験がないよりは良かったなと。

でも実際に本番のオペラを経験してみると、指揮者と副指揮者、これは雲泥の差でしたね。やることがまったく違うんです。演奏者との信頼関係も責任感も、全然違います。若い時にアシスタントで学んできたことが生きるかどうかはわからないし、当時は正直怖かったですよ。しかも舞台は、外国の劇場。本場の劇場は毎日オペラ、バレエ、オーケストラと違う演目をやっているので、リハーサルの時間もほとんどありません。その中に自分自身が入っていくというのは、もう特急列車に飛び乗るような気持ち。特急列車に飛び乗ろうとするのだから、列車と同じ速さで走らないと間に合わない。だから自分をそこまでもっていくしかない。当然綿密な下調べも必要だし、リハーサルがなくても「できません」なんて言うことはできません。たとえ初めてでも、何十年も働いている人と同じようにやるしかないんです。

だからちょっとでも時間があれば、劇場を実際に見に行って舞台の研究をしましたね。サンクトペテルベルク国立アカデミックオペラバレエ劇場は、実は観客に見えやすいように舞台が斜めになっている八百屋舞台という形式だったのですが、これは歌手にとってはタイミングが取りづらい形式で。指揮者やオーケストラは止まって演奏をしているけれど、歌手は斜めの舞台を演技しながら歌っているので、こちらが「ここで出てください」と合図を出しても、上り傾斜なのでどうしてもちょっと遅れてしまうんです。だから指揮者はその舞台ではちょっと早目に合図をしないといけません。そしてそういうことを、指揮者はデータとして頭に入れておかなくてはいけない。歌手や演奏者は、指揮者のそういう細かい部分を見て「この指揮者は慣れているんだな」と認識をする。そしてそう認識されれば、指揮者として次のステップに行けるんですよね。その時の本番がうまくいきまして、アカデミックオペラバレエ劇場の指揮者になることができたんです。

DVDのご紹介

『西本智実の新世界交響曲:ライヴ・イン・ブダペスト』や『チャイコフスキー:交響曲第5番&第6番「悲愴」』など、DVDも好評発売中。西本さんの熱のこもった指揮とオーケストラの生き生きとした演奏を臨場感あふれる映像で体感できます。インタビューなどを収めた特典映像にも注目です。