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シリーズ「意見・異見・偉見」

第5章 今、世界で何が起こっているか

現在、閉塞感が漂っているのは、日本だけではないように思えます。世界をとりまく状況についてお聞かせください。

今起きているのは、世界の崩壊なんです。これは日本だけでの問題ではない。私はそのことに、皆早く気付いてほしいと思っています。では、なぜ今世界が崩壊しつつあるのか。私はそれは情報革命の当然の帰結だと思っています。10億を越える人々がネットを通じて瞬時に同じ情報にアクセスでき、また発信できるような環境下では、従来のやり方ではそもそも社会は維持できないんです。もともと社会というのは、砂上の楼閣みたいなものです。砂に水をかけて、一生懸命に城を作ってきた。ここで言う「砂」は1人1人の市民、「水」はそれを結びつける働きをしてきた政治であり、宗教、ドグマや慣習です。ところが情報革命が進んだ今日、その砂が乾いてしまった。戒めから逃れた砂は風のままにサラサラと流れていく。だから国家や社会が崩壊していく。私はこれを流砂現象と呼んでいます。

例えばサウジアラビア。サウジアラビアでは、未だに女性の就職、自由な移動や結婚、車の運転が禁止されています。ところが、最近になって若い女性がネットを通じて同世代のアメリカの女性たちが車の運転はもとより様々な自由を謳歌しているのを知ってしまった。だから彼らの不満が爆発しつつある。外部からは一枚岩に見えたアラブ世界が崩れ始めた、いわゆるジャスミン革命は、情報革命の当然の帰結なんです。

それから中国。中国でははるか以前から各地で農民や少数民族の暴動、自爆テロが起きていますが、これまではほとんどその情報が外部に漏れることはありませんでした。ところが最近では、それが抑えられなくなってきています。例えば2011年の夏には、大連でネットを通じて集まった1万人の群集が、化学工場の進出に反対して気勢を上げました。昔だったら、弾圧して終わりだったでしょうが、この時はその日のうちに政府側が譲歩し、話を白紙に戻すことで事態が収拾されています。もし弾圧でもしようものなら、今度はその映像がたちまちネットを通じて世界に配信されてしまいますからね。もうひとつの例が昨夏に起きた新幹線の脱線事故です。中国政府は、一度は脱線した車両全体を地中に埋めました。しかし、情報はたちまち海外にまで伝わり、結局国内外の抗議を受けて掘り返すしかなかった。笑い話のようですが、これが中国という国が今まで普通にやってきたことなんです。それが通用しなくなった。これは、正に中国の崩壊ですよ。

私は、そうでなくても中国は近いうちに崩壊すると思っています。中国の経済がどうのこうのといいますが、あの国を見かけ上ここまで成長させてきたバブルはとっくに崩壊している。中国全土で売れ残っている高級住宅、マンションの戸数は一説に寄れば8500万戸ともいわれ、流入農民に職を与えるために作られてきた上海の高層ビルなんて、誰も住んでいない。更には投資目的で法外な値段で売り買いされてきたこれらの高層マンションは誰も住まないうちに水漏れや、エレベータの劣化で使い物にならなくなってしまった。素人の農民工が工事を担当しており、その彼らは稼ぐことにしか関心がないんだからこれは当然の結果でしょう。だから日本は、やるべきことをきちんとやっていれば中国なんて全く恐れる必要がない。

私は中国人に一番欠けているものは、人を思いやる心だと思います。良質な医療が成立するためには3つの条件が必要です。1つめは正確さを重んじること、2つめは精緻性を尊ぶこと、そして3つめは人のことを考えること。日本人は未だにこれら3つの美質を失っていないけれど、一般の中国人、アメリカ人はこれらを最も不得手としている。だから日本は、アメリカの医療、中国の医療など全く恐れる必要はない。

彼らは、世界の中で文明国家と呼べるのは自分達だけ、と信じている。でも私に言わせれば、アメリカなんて全然進んでいませんよ。日本で1990年にバブルがはじけた後、アメリカで「金持ち父さん、貧乏父さん」という本が流行りました。あの本は、結局不動産に投資をして、稼ぎながら節税もし、十分値上がりしたところで売却すればハッピーリタイアできる、と論じているわけですよね。内容的には日本のバブルと何ら変わりなく、少しでも勉強している人ならその危険性は十分理解できるはずです。それなのにそんなつまらない本が売れまくり、その結果がリーマンショックでしょう? 日本から18年も遅れて、同じ道をたどっている。中国にいたってはもっとお粗末で、日本、アメリカの歴史から何も学ばず、未だに不動産の次は美術品骨董品だ、などと浮かれている。彼らは何もわかっていませんよ。アメリカ人も中国人も日本に学ぶ、学ばない、と言う以前に日本が存在していることすら気づいていないんです。それはもう、海の中のかわずみたいなものですよ。逆にドイツは、日本の研究者を財務大臣に登用したりして、バブルの崩壊を回避した。

これらの事実から言えることは何か。要するに、日本は意外と世界の最先端にいるということです。だから日本の失敗から学ばないものは必ず痛い目をみる。それなのに当の日本人がそれをわかっていないから、アメリカの後を追っかけようとする。アメリカは日本の後をおっかけて、日本はその後をおっかけて。車輪を回しているはつかねずみとなんら変わるところがありません。

例えば、アメリカの病院にはNST(栄養サポートチーム)というものがあります。必要以上に職種間の分業が進んだアメリカにあっては、医者が減塩食を指示すると、栄養士がそれを基にメニューを考え、調理師が料理したものを看護助手が食べさせ、看護師が記録に残す。ところが、一般的に減塩食はまずいので、うかうかしていると指示を出した医者の意に反して患者の食が細り、栄養障害に陥ってしまう。こういった自体を防ぐために関係者全員が集まって情報共有し、患者の栄養状態を管理する、そのチームがNSTです。実は最近、日本でも厚労省やマスコミが深く考えることもなくこの方式をもてはやし、診療報酬までつけて導入を促進しました。でも、そもそも昔の日本では、医療職は医者と看護師、レントゲン技師しかいなくて、住み込みの看護学生が患者にご飯を食べさせていました。分業が進んでいなかったために自然に情報が共有され、事故も起こらなかった。これに対し、アメリカでは極端な専門化、分業、合理化を進めた結果事故が増え、わざわざお金と時間をかけて情報の共有を図らざるを得なくなっている。日本は自分たちの良さを自覚せずに合理化一点張りのアメリカを追いかけ、そしてまたアメリカを追いかけて自分たちの原点に立ち返ることになった、そういったことをきちんと振り返り、反省する必要があります。

それから最近アメリカで話題になった救命救急チーム。日本では救命救急チームといえば、救急車で運ばれてきた患者の処置に当たるものと決まっていますが、アメリカのそれは院内の患者の救命のために組織された、と言うから驚きです。なぜか。アメリカでは手術の際の麻酔は合理化の結果、麻酔師がかけることになっている。そのために医者も看護師も気管内挿管や急変時の処置に携わらなくなり、そういった仕事に慣れていない。そうなると今度は病棟で患者の容態が急変した時に、対応できないんですね。これは困ったというわけでトレーニングされたチームを作って、どこで急変が起こってもチームの全員がワンコールで集まるようなシステムにしたんです。このおかげで大学病院内の死亡率が半分になった、ということでアメリカでは注目を集めているわけですが、日本の大学病院で気管内挿管ができなかったために患者が死んだとしたら、その時点で訴訟で負けますよ。優れているといわれるアメリカの医療ですが平均レベルでいえば実は大きな問題を抱えています。日本がアメリカに追随する必要はありません。

「病院」がトヨタを超える日

医療の輸出産業化を唱える北原茂実先生が、国民皆保険制度をはじめとする日本医療が抱える問題点や、自らの病院で実施している革新的な試みについて記した一冊です。「ワンコイン診療」や「家族ボランティアシステム」など、日本が抱える医療問題を解決へと導くための具体策がいくつも示されており、産業としての医療の可能性をありありと感じることができます。医療だけでなく社会全体に漂う閉塞感を払拭してくれる快著です。