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海外生活サプリHOMEMESSAGE:先輩からのメッセージ>ザ・リッツ・カールトン日本支社 高野登社長

先輩メッセージ / Message02:ザ・リッツ・カールトン日本支社 高野登社長

では、これからのホテル業界が求める人物像を教えてください。

ホテル業界だけではないと思いますが、考える人、それから五感が磨かれている人ですね。プロのホテルマンは、パッとロビーを見た瞬間に、「あの席がちょっと弱いな」とか「あのスタッフは今日は背筋が伸びていないな」とか、10個くらいシュミレーションが浮かぶんです。それは五感が磨かれていないとできないこと。もちろん浮かばない人もいます。しかしそれでは、ホテルマンではなく、たんなる作業員としか言えない。ホテルマンとして何かやりたいのなら、五感を研ぎ澄まして、物事を考えられる人でなければいけないと思います。

でも今の人たちは、本当に五感が弱いんですよ。なぜ弱いかと言うと、物事が便利すぎるから。すべてが親切すぎるんですよ。電車に乗る時には、当たり前のことなのに「黄色い線の内側に~」とアナウンスが流れますよね。親切でしょう? それから何か足りないというときには、コンビニに行けば何でも売っている。本当に便利です。でもね、五感を磨くには、ある程度、不足していて、不便で、不親切な状況に自分を置くべきなんです。そういう意味では、海外生活もひとつの五感を磨く手段にはなりますね。

今現在、高野支社長が五感を磨くために行っていることはありますか?

最近では、歌舞伎や文楽など、日本の古典芸能に触れてみる機会を増やしています。それから私は54年間沖縄に足を踏み入れていなかったんですが、行ってみたら、いい意味でショックを受けましてね。この1年間で10回も行きました。

北大東島という離島があって、その島が素晴らしいんです。那覇から東に362㎞、プロペラ機も1日1便だけ。1周が13.2㎞の小さな島で、そこに500人くらいの人が住んでいるんです。その島の住人たちの何がすごいって、もう五感が素晴らしい。耐える力もすごいし、来た人を迎え入れるおおらかさもすごい。特に我慢強さが、尋常じゃないんです。最小の結果しか出なくても、最大の努力を続けられる。感性が全然違うんです。山も川もなくて、港もなくて、もちろん本屋なんてものもありません。1年に1回だけ那覇から本屋さんがやってきて、学校の体育館に本を並べてね。そこに子供たちは、親のお手伝いをして必死で貯めたお小遣いを、ぎゅっと握りしめてやってくるんですよ。しかも上下巻ある本の、上巻だけを買って嬉しそうにしてね。

東京では、親が下巻を買ってあげたり、下巻が欲しいってダダをこねたりするじゃないですか。でもね、その島の子は、下巻を買うお金がなければ我慢するんです。子供たちがインタビューされる場面を見る機会があったのですが、ある子に「下巻読みたいよね?」と聞くと「読みたい」と答える。「どうするの?」「待つ」「でも来年になるよ?」「来年来てくれるのなら待つ」。このスパンで生活している人たちがいるんですよ。

不便で不足していると、そこで住んでいる人たちの感性はピカピカになる。でも、そういう生活を都会でできるかというと、もうそれはできにくい時代にあるんですよね。だからこそ、意識的に自分で五感を磨くしかない。私は先日「ホスピタリティのガラパゴス島―頑張れ、北大東島」という講演を行ったんですよ。北大東島は、日本人の一番いいものがそのまま残っている数少ない島なんです。あの島を訪れると、自分の中で忘れていた感性が呼び覚まされるような気がするんですよ。

ホテル業界は、グローバルな業界というイメージがあります。高野支社長が、グローバルな人間ということから連想するものを教えてください

国際化に相当する言葉には、グローバルとインターナショナルがあります。でもグローバルという言葉は、私は嘘だと思います。グローバルという言葉には、誤解を恐れずに言えば、米国が世界を征服するというニュアンスがあるように思うんですよ。でもインターナショナルは違う。ひとつひとつのナショナルがあって、それの間をつないでいくというのがインターナショナル。だからグローバルよりも、インターナショナルという観念のほうが大事だと私は思います。そして、インターナショナルの基盤となるのは、ひとつひとつのナショナルが確固としているということ。ひとつひとつのナショナルがきちんとあって、はじめてナショナル同士のつながりができてくると思う。

それでは、ナショナルな人間がインターナショナルな人間になるにはどうすればいいのか。その答えは、相手のナショナルをリスペクトすることですね。それぞれの違いや多様性というものを維持しながら、自分の中でリスペクトする。それは世界を制覇していこうというグローバリゼーションとは対極にある。全部を画一的にしてしまうグローバリゼーションと、多様性がありながらもバランスがとれたインターナショナルは、大きな差があるんです。違いを排除するのではなく、自分なりに認めてリスペクトする。そういった感性が大事なんですよ。

それでは、最後にこれから留学を目指す学生や社会人にアドバイスをお願いします。

『がっつけ乙女、輝け自分!』。それしかありません(笑)。がっつけというのは、ガツガツという意味じゃないですよ。自分の感性、アンテナを高く掲げて、レーダーもちゃんと動く。そういう状況に身を置きなさい、ということです。優秀な部品を使ったラジオでも、チューニングをしなければ音は出ません。そういう状況は非常にまずい。いろんなことに興味を持って、いろんなアンテナをどんどん張り巡らせる。そういう迫力が必要だと思います。

インタビュアー:株式会社エストレリータ代表取締役社長:鈴木信之

ライター:室井瞳子

PHOTO:堀 修平